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大阪地方裁判所堺支部 昭和53年(ワ)407号 判決

原告

石田クスミ

ほか四名

被告

阪井文一

ほか一名

主文

一  被告らは、各自、原告石田クスミに対し金一〇九万七八三六円及びこれに対する昭和五一年五月一六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を、原告山田國子、同山田清美、同石田秀明、同阪下美幸に対し各金五四万八九一八円及びこれに対する昭和五一年五月一六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

二  原告らの被告らに対する各その余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを八分して、その一を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

一  原告ら

(一)  被告らは、各自、原告石田クスミに対し金六四四万三九九九円及びこれに対する昭和五一年五月一六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を、原告山田國子、同山田清美、同石田秀明、同阪下美幸に対し各金三二二万一九九九円及びこれに対する昭和五一年五月一六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

(二)  訴訟費用は、被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

二  被告ら

(一)  原告らの被告らに対する各請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は、原告らの負担とする。

との判決。

第二当事者双方の主張

一  原告らの請求の原因

1  昭和五一年五月一六日午後五時三三分頃、堺市草部一四八〇番地先路上で、訴外石田明太郎(以下「明太郎」という)は、被告阪井文一(以下「被告阪井」という)が運転していた普通乗用自動車(泉五六と三三〇一)(以下「本件車両」という)に衝突されて、右大腿骨骨幹骨折(紛砕)、後頭部打僕擦過傷の傷害を受けた。

2  およそ車両を運転する者は、常に前方を注視し、路上を歩行する者があればその者に衝突しないように注意して運転すべき業務上の注意義務があるにもかかわらず、被告阪井は、右義務を怠り、漫然本件車両を運転して右事故を惹起したものである。そうすると、被告阪井は、民法七〇九条に基づき、明太郎に対し損害を賠償すべき義務がある。

3  被告阪井は、被告前垣多(以下「被告前垣」という)の従業員であつて、その業務に従事中に前記事故を惹起したものであり、また本件車両は被告前垣が所有し、前記事故当時これをその運行の用に供していたものである。そうすると、被告前垣は、民法七一五条または自動車損害賠償保障法三条に基づき、明太郎に対し損害を賠償すべき義務がある。

4  明太郎は、前記事故に因り次の(一)ないし(七)の各損害を被むつた。

(一) 治療費 金三二一万六六一〇円

明太郎は、前記負傷の治療のため、訴外田村外科病院に、昭和五一年五月一六日から同五二年三月五日まで入院し、同年三月六日から同年一一月一日まで通院したが、その治療費として合計金三二一万六六一〇円を要した。

(二) 右入院中の付添看護料金七三万七五〇〇円

(三) 右入院中の雑費 金一四万七〇〇〇円

(四) 休業補償費 金五〇万円

(五) 後遺症による逸失利益金七三九万七八八八円

明太郎は、右下肢の用を完全に廃し、後遺症障害別等級表の第五級に該当する後遺症を生じた。明太郎は事故当時六六歳であるから、昭和五〇年度の六六歳の男子の一か月の平均賃金は金一五万二〇〇〇円、右第五級の労働能力喪失率は七九パーセント、六六歳の就労可能年数の新ホフマン係数は五・一三四であり、これらにより右逸失利益を計算すると、152,000円×79/100×12×5.134=7,397,888円である。

(六) 慰藉料

(1) 前記入、通院によるもの 金一八〇万円

(2) 前記後遺症によるもの 金八八四万円

(七) 弁護士費用 金一〇〇万円

5  明太郎は昭和五三年六月三日死亡したので、原告石田クスミが明太郎の妻として三分の一の、その余の原告らが明太郎の子として各六分の一の各限度において明太郎の前記損害賠償債権を相続した。

6  よつて、被告らに対し、各自、原告石田クスミは前記損害のうち金六四四万三九九九円(前記4の(一)のうち金二〇九万四一一〇円、前記4の(五)、(六)の(2)、(七)の各損害金の合計額の三分の一)及びこれに対する前記不法行為の日の昭和五一年五月一六日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、その余の原告らは各前記損害のうち金三二二万一九九九円(前記4の(一)のうち金二〇九万四一一〇円、前記4の(五)、(六)の(2)、(七)の各損害金の合計額の六分の一)及びこれに対する右同昭和五一年五月一六日から完済に至るまで右同年五分の割合による遅延損害金を、それぞれ支払うことを求める。

二  請求の原因に対する被告らの認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  請求の原因2のうち、被告阪井に前方不注視の過失があつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  請求の原因3のうち、被告阪井が被告前垣の従業員であり、被告前垣が本件車両を所有していることは認めるが、その余の事実は否認する。

4  請求の原因4のうち、明太郎が本件事故当時六六歳で、(一)ないし(四)の各損害を被むつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

5  請求の原因5のうち、明太郎が昭和五三年六月三日死亡したことは認めるが、その余の事実は不知。

三  被告らの抗弁

1  本件事故現場の道路は対面交通が実施されており、片側の幅員は三メートルで、歩道と車道の区別はない。本件車両は右道路を南から北へ向けて走行していたところ、明太郎は、同方向に向つて、右道路の進行方向に向つて左端より約一メートルセンターライン寄りのところを傘をさして歩いていた。そこで、本件車両が明太郎を追い越す際本件車両の左側部のヘツドライト付近が明太郎の右腰部付近にあたり、明太郎は転倒したのである。右道路は右のとおり歩、車道の区別のない狭いものであるから、歩行者も車両との接触事故を避けるため、出来るかぎり道路の端を歩行すべきであり、車両が接近してくればなおさら道路の端へ寄るべきである。本件事故当時明太郎がもう少し道路の端を歩行しておれば、本件事故は発生しなかつたものである。以上の次第で、本件事故発生については明太郎にも過失があるから、過失相殺すべきである。

2  原告ら主張の損害については、次の(一)ないし(四)のとおり支払いがなされているから、この分は損益相殺がされるべきである。

(一) 昭和五一年一〇月一五日、訴外興和火災海上保険株式会社は、自動車損害賠償保障法に基づく保険金一〇〇万円をもつて田村外科に治療費金一〇〇万円を支払つた。

(二) 昭和五三年四月三日、訴外第一火災海上保険相互会社は、明太郎に対し、被告前垣との任意保険契約の保険金をもつて金三三〇万七〇〇〇円を支払つた。

(三) 同年一一月七日、興和火災海上保険株式会社は、原告らに対し自動車損害賠償保障法に基づく保険金三二八万円を支払つた。

(四) 昭和五二年一一月頃、国から生活保護法に基づく医療扶助として明太郎の田村外科での治療費金二〇九万〇一一〇円が支払われた。

四  抗弁に対する原告らの認否

1  抗弁1のうち、本件事故現場の道路が歩、車道の区別のない狭いものであることは認めるが、その余の事実は否認する。右道路の副員は約六・二メートルで、市街地で見通しのよい平たんな道路で、速度規制は三〇キロメートル毎時となつている。このような道路では通常人の通行が相当予想され、車両運転者としては特に速度を落し、歩行者に注意して走行すべきであるのに、被告阪井は、飲酒酩酊の上右速度規制を大幅に上回る高速度で前方不注視のまゝ明太郎に追突したことも気付かず逃走したものである。そうすると、たとえ明太郎が左側を歩行していたとしても明太郎の過失を云々すべきものではない。

2  抗弁2のうち、被告ら主張のとおり、明太郎の本件事故による損害につき支払いがなされたことは認めるが、その余は争う。

五  原告らの再抗弁

仮に明太郎に抗弁1のとおり過失があるとしても、昭和五三年四月一〇日明太郎と被告らは、被告らが明太郎に連帯して損害の一部として請求の原因4の(一)のうち金一二万二五〇〇円、同(二)ないし(四)、(六)の(1)の各損害金の合計金三三〇万七〇〇〇円を支払うが、被告らに一〇〇パーセント過失があることを認める旨の和解契約を締結した。そうすると、右和解により、被告らは過失相殺の主張をなし得ない。

六  再抗弁に対する被告らの認否

再抗弁のうち、昭和五三年四月一〇日明太郎と被告らが損害の一部として原告ら主張の金員を支払う旨の契約を締結したことは認めるが、その余の事実は否認する。右契約は、被害者救済の見地から、被告らの責任やその程度については後日明らかにすることを条件にあくまで暫定的なものとしてなされたにすぎない。〔証拠関係略〕

理由

一  請求の原因1の事実があること、本件事故発生については被告阪井に前方不注視の過失があること、被告阪井は被告前垣の従業員で、本件車両は被告前垣が所有していたことは当事者間に争いがない。そして弁論の全趣旨によれば、右事故は、被告阪井が被告前垣の業務に従事中に惹起されたものであることが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。右に判示の事実によれば、被告阪井は民法七〇九条に基づき、被告前垣は民法七一五条、自動車損害賠償法保障三条に基づき、各自、明太郎に対し、同人が本件事故に因り被むつた損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。

二  そこで、明太郎の損害について、被告ら主張の抗弁及び原告ら主張の再抗弁についての判断をも交えて、検討する。

1  明太郎が本件事故に因り請求の原因4の(一)ないし(四)の各損害(合計金四六〇万一一一〇円)を被むつたことは当事者間に争いがない。

2  後遺症による逸失利益について

弁論の全趣旨により真正に成立したことが認められる甲第一号証、第三号証、原告石田秀明本人尋問の結果を総合すれば、明太郎の本件事故による負傷の症状は昭和五二年一一月二日以降固定し、左右の股関節の屈伸が不自由で、右下肢は短縮したため、明太郎は、杖をつくと少し家の中を歩ける程度で、寝起きするには介添人を要し、座ることはできず、右足の屈伸は殆んどできなかつたことが認められ、右認定事実より考察すれば、明太郎は本件事故により後遺症が生じているが、その程度は自動車損害賠償保障法施行令の別表の第六級に該当するものと認めるを相当とする。成立に争いがない乙第三号証の一(後遺障害認定書)には明太郎の後遺症の程度は右別表の第九級である旨の記載があるが、原告石田秀明本人尋問の結果によれば、右認定書は明太郎の起居動作を観察して、同人をつぶさに診察してなされたものでないことが認められるので、右認定書の右記載内容はにわかに措信し難く、他に前記認定を覆すに足る証拠はない。ところで、明太郎が昭和五三年六月三日死亡したことは当事者間に争いがないので、後遺症の逸失利益の計算期間は前示甲第一号証により認められる症状固定日の昭和五二年一月二日から死亡日の前日の同五三年六月二日までである。本件事故当時(昭和五一年五月一六日)明太郎が年齢六六歳であることは当事者間に争いがないところ、当裁判所に顕著な賃金センサスによれば昭和五〇年当時の年齢六六歳の男子の平均給与額が一か月当り金一五万二〇〇〇円であることが認められ、また前記認定の後遺症の程度により労働能力喪失率は六七パーセントであると認めるを相当とするので、これらを考慮して右期間における明太郎の逸失利益を昭和五一年五月一六日の事故当時において計算すると、別紙計算書のとおり金六五万五〇一三円であることが認められる。

3  慰藉料について

(1)  前記1において判示の事実によれば、明太郎の入、通院による慰藉料は金一五〇万円であるものと認めるを相当とする。

(2)  前記2において判示の事実によれば、明太郎の後遺症による慰藉料は金五〇〇万円であるものと認めるを相当とする。

4  過失相殺について

成立に争いがない乙第一、第二号証によれば、本件事故発生現場の道路は、幅員約六・二メートル(明太郎が歩行していた片側の幅員は三メートル)で、対面交通が実施されている歩、車道の区別がない比較的狭い道路であつたところ、明太郎は、南から北に向つて右道路の左側の左端から約一メートル中央よりを歩行していたこと、被告阪井運転の本件車両は、明太郎と同一方向にその後方から進行して、前方不注視の過失により明太郎と衝突したこと、右道路は直線で、当時見通しはよかつたことが認められ(但し、被告阪井に右の過失があつたことは当事者間に争いがない)、右認定を覆すに足る証拠はない。右認定事実によれば、明太郎は、対面交通が実施されている歩、車道の区別のない狭い道路の左側のその左端からやゝ中央よりを歩行していたため本件事故が発生したものと認められるから、明太郎にも右事故発生につき過失があるものといわなければならないところ、右認定の諸般の事情を考慮すると、明太郎と被告阪井との各過失の程度は一対九であるものと認めるを相当とする。

5  原告らの再抗弁について

昭和五三年四月一〇日明太郎と被告らとが再抗弁記載の損害の一部の支払いをなす旨の契約を締結したことは当事者間に争いがない。原告らは、右双方間に、右契約の際、被告らに一〇〇パーセント過失があることを認める旨の和解契約が締結された旨主張するが、これを認めるに足る証拠はない。即ち、成立に争いがない甲第五号証によれば、右損害の一部支払契約締結の際、右双方間で示談書が作成されたが、右示談書には、被告らの過失の有無については何ら記載がなく、右示談契約は、損害の一部の支払いのための取決めにすぎなく、右示談において支払われない損害についてはその責任の有、無、範囲について和解ないし取決めはなされていないことが認められるので、右書証によつては原告らの前記主張を認めるに十分でなく、他に右主張を認めるに足る証拠はない。

6  そうすると、前記1ないし3の各損害金の総合計金一一七五六一二三円につき前記5において判示の明太郎の過失相殺をしたことによる金一〇五八万〇五一〇円が被告らにおいて賠償すべきものである。

7  損益相殺について

明太郎の本件事故による損害につき、抗弁2の(一)ないし(四)のとおり支払いがなされたことは当事者間に争いがない。右事実によれば、抗弁2の(一)ないし(三)の支払金の合計金七五八万七〇〇〇円は、前記6において判示の被告らの賠償すべき損害金一〇五八万〇五一〇円から損益相殺すべきものであるといわなければならないので、これを控除すると、被告らの賠償すべき損害金の残金は金二九九万三五一〇円になるものと認められる。成立に争いがない甲第六号証によれば、抗弁2の(四)の生活保護法に基づく医療扶助については急迫した事情があつたためやむを得ずなされたもので、後日原告らにおいて被告らから損害金の支払いを受ければ、右扶助金を国に返還すべきものであることが認められる(この認定を覆すに足る証拠はない)ので、右扶助費の支払いについては損害相殺をすべきではない。

8  弁護士費用について

前示甲第五号証及び弁論の全趣旨によれば、明太郎は、昭和五三年四月頃、被告らに対する事件事故による損害賠償の支払い請求、訴訟の提起等を弁護士大西佑二に委任し、同弁護士に報酬金一〇〇万円を支払う旨約したことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。前記1ないし7において判示の諸般の事情を考慮すると、右報酬金のうち金三〇万円をもつて明太郎の損害として被告らに賠償さすを相当と認める。

三  ところで、明太郎が昭和五三年六月三日死亡したことは当事者間に争いがない。そして、成立に争いがない甲第四号証の一、二及び弁論の全趣旨によれば、明太郎の相続人は、原告ら(原告石田クスミが妻、その余の原告らが子供)だけであることが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。そうすると、前記二の7において判示の被告らの賠償すべき損害金の残金二九九万三五一〇円及び前記二の8において判示の弁護士費用の損害金三〇万円の合計金三二九万三五一〇円のうち、その三分の一にあたる金一〇九万七八三六円が原告石田クスミにおいて、その各六分の一にあたる金五四万八九一八円がその余の原告らにおいて、それぞれ相続により承継したものといわなければならない。してみれば、被告らは、各自、原告石田クスミに対し右損害金一〇九万七八三六円及びこれに対する本件事故の日の昭和五一年五月一六日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、その余の原告らに対し右各損害金五四万八九一八円及びこれに対する右同昭和五一年五月一六日から完済に至るまで右同年五分の割合による遅延損害金を、それぞれ支払う義務があるものといわなければならない。

四  よつて、原告らの各請求は、原告らにおいて被告らに対し各自右三において、判示の各金員の支払いを求める限度において理由があるから、この部分を認容して、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を適用し、なお原告らの各仮執行の宣言の申立は相当でないからいずれもこれらを却下し、主文のとおり判決する。

(裁判官 山崎末記)

計算書

〈1〉 自昭和52年11月2日至同年同月30日に得る逸失利益

(152,000円×67/100)-(152,000円×67/100×564/365×0.05)=93,972円

〈2〉 自同年12月1日至同年同月31日に得る逸失利益

(152,000円×67/100)-(152,000円×67/100×595/365×0.05)=93,540円

〈3〉 自同53年1月1日至同年同月31日に得る逸失利益

(152,000円×67/100)-(152,000円×67/100×626/365×0.05)=93,107円

〈4〉 自同年2月1日至同年同月28日に得る逸失利益

(152,000円×67/100)-(152,000円×67/100×654/365×0.05)=92,717円

〈5〉 自同年3月1日至同年同月31日に得る逸失利益

(152,000円×67/100)-(152,000円×67/100×685/365×0.05)=92,284円

〈6〉 自同年4月1日至同年同月30日に得る逸失利益

(152,000円×67/100)-(152,000円×67/100×715/365×0.05)=91,866円

〈7〉 自同年5月1日至同年同月31日に得る逸失利益

(152,000円×67/100)-(152,000円×67/100×746/365×0.05)=91,433円

〈8〉 自同年6月1日至同年同月2日に得る逸失利益

(152,000円×67/100×2/30)-(152,000円×67/100×2/30×748/365×0.05)=6,094円

〈9〉 〈1〉ないし〈8〉の合計は、655,013円

(註) 中間利息控除を計算する日数は、各収益の終期の日から本件事故の日までの間の日数とした。

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